COLUMN
インタビュー2019/11/05
井上亜美インタビュー
ミツバチを通じて見えてきたもの
猟と養蜂
―井上さんは猟師で映像作家と紹介されることが多いです。
井上:自分から猟師と名乗ることはあまりないんです。私の周りで猟をされている方でも、いろんな仕事をしてたくさんの肩書きを持っている人が多いので、私も猟師だって決めているわけではなくて。
―猟師って強い言葉だから、つい目に留まりますよね。
井上:そうですね。私の仕事としては映像関係が多くて、大学で教えたりもしつつ、その合間に山に入ったりという感じ。私がいま暮らしているところも、京都の山に近い、けど、まだコンビニはある程度の街なかで、そんな位置で過ごしていることも制作のひとつの指針にはなっています。ただ、これから狩猟シーズンに入るので、狩猟もそうですし、周りの仲間は釣りや山菜採り、養蜂といった自然の中でいろんなことをやっているので、私も一緒に過ごしていると山に入る時間が増えていきます。
―狩猟だけが独立してあるのではなく、いろんな行為がすべてひと続き。今回は、養蜂からミツバチを題材に作品を制作されたそうですね。
井上:ちょうど能勢にも養蜂をやっている方がいると紹介いただいたので、その方々にお話を聞かせていただくところからはじめました。制作のために能勢で新しく始めなきゃいけない、というよりも、自分の興味から入ってスムーズに進めることができました。
―たとえばどんな話を聞かれたのでしょう。
井上:私も今年から養蜂を始めたところで、それは、養蜂も10年くらいやってられる知り合いの猟師さんから誘われたんですね。その方は、ずっとニホンミツバチをやっていて、今年もらってきたのはセイヨウミツバチ。ニホンミツバチは一度、巣箱に入るとわりと放置しておけますが、セイヨウミツバチは、こまめに巣箱をチェックして、その巣箱の状態から周囲の蜜源や花の環境を見ていくことになります。そうやってミツバチを通して生活圏のことを理解できることなどを能勢の方々から教えていただきました。
―ミツバチを観察することが環境を見ることにつながると。
井上:私もあまり花のことに詳しくなかったんですけど、ミツバチの蜜源になる花から覚えて、だんだん見える景色が変わっていくという発見がありました。
ミツバチの見た夢とは
―養蜂への理解を深めることからどう制作を進めましたか。
井上:私の場合、対象になるものと関係性をつくっていかないと撮りたいものが撮れないんです。なので、能勢に通って作品を撮るというのは、最初から難しいかなと思っていました。まずは養蜂家の方から話を聞いて、それからミツバチとの距離を深めて、関係性をつくって、作品の多くは自分の生活圏内で撮影することにしました。
―ミツバチそのものが作品の対象なんですね。
井上:ミツバチ自体を観察して生まれた作品ですね。ミツバチって飛ぶ速度がすごく速いので、実際にどんな動きをしているのかをハイスピードカメラで見てみたり、紫外線カメラを使ってミツバチが見ている世界を体験したりしました。ミツバチやチョウは、人とは違う紫外線領域で世界を見ていると言われていて、紫外線カメラで見れば花の見え方も全然違うんです。
―そうなんですか。
井上:人間からすれば花の色がきれいだなって感覚ですけど、紫外線カメラだと花の蜜が多い部分だけが濃く見えたりして、花の色やつぼみにはほとんど意識が向かない。人間も含めた生物は、それぞれが見えているものや見たいものに勝手に意味をつけて、思い込みで世界を構築しているんだなって。これは、日高敏隆先生の著者や翻訳された『生物から見た世界』に学んだことですけど。
―動物行動学者の日高敏隆さん。今回の作品のタイトルも「ミツバチの見た夢」でしたね。
井上:はい。なので今回の作品では、ミツバチを生物学的にただ観察して撮影するというよりも、ミツバチが思い込みでつくっている世界を見せられたらいいなって、そのフィクションの部分は私が想像をまじえて撮影しました。
―猟師であるおじいさんを題材にした過去作に比べると、かなり生物に寄り添った内容になっていますか。
井上:いえ、狩猟の作品を制作していたときも、猟師に撃たれる獣の気持ちを考えてしまうところがあったので、そこはあまり変わってないですね。
―狩猟で獣の気持ちに寄り添ってると大変では?
井上:逆に考えざるを得なくなるんです。実際、私の周りで狩猟をやっている方は生き物好きな人ばかりで、命を奪った生き物のことを考えないという人はいない。かわいそうだとか、そういった次元とは違うところで、自然な気持ちとしてあるのかなと思います。
―シカやイノシシといった動物とミツバチの違いはありましたか。
井上:シカやイノシシの場合は、人間が山に入っていって出会うことが多いですけど、ミツバチはもっと人間の生活に近い。ミツバチにカメラを向けていると、自然と人間の生活にもカメラを向けることになったなと思います。
養蜂家だった方との出会いから
―展示場所が2か所ありますね。
井上:アウトプットが映像になりそうだったので、妙見の森ケーブルの黒川駅近くの新瀧公民館の中を見学させてもらったら、すぐに「ここだ」って感じでした。地元の人たちが手づくりでつくられた場所で、畳敷きの感じもよかったんですけど、部屋から能勢の山が見える環境もミツバチの映像を展示するのにちょうどいいと思いました。
―そして、ギャラリーたまやでも。
井上:今回、2組の養蜂家さんに取材をさせてもらったのですが、たまやさんは、オーナーの方が10年ほど養蜂をされていて、けど、農薬の被害で全滅してしまって、ミツバチはやめてしまったという方でした。もともと、ラジオの構成作家などもされていた方だったので、私が話を聞きにいった後、メールで自分の書いた文章を送ってくださって、それがすごく興味深い内容だったんです。自伝的エッセイというのかな、能勢での生活やミツバチと一緒に暮らす日々の出来事について、エピソードをおりまぜて書かれていました。
―面白そうですね。
井上:自分の作品だけじゃなくて、このテキストも読んでいただくほうが、能勢で作品を展示する意味があると思ったので、テキストを製本して、いっしょにギャラリーに置かせていただくことにしました。B6判で202ページの本になりました。
―ほんとに1冊の本ですね。
井上:実はその方はご病気で、私がインタビューに伺ったときはまだ話せる状態だったんですけど、今はもう意思疎通ができないほどに病状が悪化してしまっていて、テキストを展示することに関して、奥さまを通じて仲介いただきました。このまま誰にも読まれることのないテキストになっていたかもしれないけど、それを世の中に出すことが必要だと思って、展示させていただくことにしたという経緯もあります。
―そうだったんですか...お会いするタイミングと縁ですね。
井上:ほんとにいろんなタイミングが重なって、ですね。奥さまが主になって運営されているギャラリーたまやも、昨年の台風の被害のあとはあまりオープンされていなかったので、そこで展示ができることになったのもよかったと思います。意図しているわけではないですが、私は、関係性をつくっていくことでしか何も制作できないので、そういう流れで出会った出来事だったなと思います。
―生物に寄り添う一方で、おのずと人の暮らしや人生がにじんできますね。
井上:今までの私の作品は狩猟を扱っていたので、ビジュアル的に強くて、私も狩猟の作家として見られることが多かったのですが、狩猟も、養蜂も、人間の暮らしの中でいろいろあることの一部なんです。それを作品という形にできたのは自分にとってもいい経験でした。どんなテーマであっても、私がシャッターを押す瞬間というのは、その対象と関係性ができた中で見たいものがあるときだというのも再確認できました。
インタビュー日・2019/10/23
インタビュアー、文・竹内厚
写真・仲川あい