COLUMN
インタビュー2019/11/20
【地域プロジェクト】Beekeeper 和田隆インタビュー
未来のBeekeeper(養蜂家)プロジェクト
大阪府豊能郡能勢町でBeekeeperを生業としている和田隆という人がいる。彼のハチミツは能勢エリアの名産品として地元の人に愛され、能勢だけでなく高槻市の医院でも取り扱われている。そのハチミツは季節の移り変わりとともにラインナップが変化し、能勢の自然の豊かさを感じさせてくれる逸品である。また地元のネットワーク内でコラボ商品も生み出されており、コミュニティ形成の一翼も担っている。今回ののせでんアートライン2019で取り組むプロジェクトでもある「未来のBeekeeper(養蜂家)プロジェクト」について、Beekeeperという仕事を軸に、和田氏の描く今後の展望についてお話を伺った。
「自然」という概念
――のせでんアートライン2019の地域プロジェクトにご参加くださいましてありがとうございます。
和田:こちらこそありがとうございます。2017年にも参加したんですが、あのときはワークショップだけで、ここでどういう人たちがどういうストーリーを持って取り組んでいるのかが伝わらないと思っていたので、今回こういうインタビューがあってよかったです。
――そうですね。今回の地域プロジェクトでは、のせでんアートライン期間が終わっても継続されていくプロジェクトとしてみなさんをご紹介させていただいています。和田さんは、この能勢の豊かな自然の中で養蜂をされていますよね?
和田:「自然」って言うと概念が難しいんですよ。普通「自然」って言ったら、みなさんは何を思い浮かべますか? 「緑」とか「空気」「生き物」とか、そういうふわ〜っとしたものだと思うんです。だから僕は「自然」という言葉はいつも使わないようにしているんです。僕が考える「自然」は、生命体は無く歴史的に遡った「原始の自然」「裸の自然」のようなものなんです。でもここでそれを言うとややこしくなるので(笑)。
――「里山」というのは「自然」とは少し違いますか?
和田:全然違いますね。僕の中では。「里山」というのは、人間が手を入れて作り出したものです。地球規模で見てみると、生命の誕生からでも地球環境は変わってきていますよね。それに対応することで、生命は今の形になってきたわけです。そうやって考えると「里山」=「自然」ではなく、「自然」の概念をはっきりさせないと今地球に起こりつつある深刻な問題にはアプローチできないんだと思います。
能勢町は三菱UFJリサーチ&コンサルティングが2016年に発表した「都市の生物多様性に優れた自治体ランキング」で1位になっているんですね(*1)。これは都市部だけの話で全国規模ではないのですが、それでもこの辺りは蜜源植物が非常に多いと思います。
*1……のせでんアートライン2019開催地の猪名川町も能勢町と同率1位
――蜜源植物ってなんですか?
和田:蜂の蜜源になる植物のことです。植物はすべて蜜を出すわけではないんです。そして蜜を出す植物があったとしても、蜂は舌が短いので蜜を集められる植物というのは非常に限られています。それがこの地域では蜂が蜜を集めることのできる蜜源植物だけでも多様性に富んでいる。だけど、そんな環境にもかかわらず養蜂している人が本当に少ないのが現状です。
トウヨウミツバチ(ニホンミツバチ)とセイヨウミツバチ
――西洋と東洋のミツバチってどう違うんですか?
和田:西洋と東洋のミツバチは同じミツバチなんですが、それぞれ種(*2) が違います。進化のある過程でそれぞれに交渉がなくなり、環境に合わせて変化していきました。トウヨウミツバチの生息している場所は、気候が温暖で蜜源がたくさんあります。ところが、西洋は寒くて蜜源が少ない。そうなってくるとそれぞれのミツバチで取る戦略の違いが起こり、種が変わっていきます。
トウヨウミツバチは蜜源が多いので、小規模の群れでより豊かな蜜源を目指して移動していきます。移動するので、蜜の糖度もそんなに上げない。あと性格が穏やかです。日本で養蜂していてもほぼ野生なので手間はそんなにかかりませんが、勝手にどこかへ行ってしまったりします。
対して、セイヨウミツバチは1つの拠点を構えて群れを大きくして、数少ない蜜源の蜜をどんどん溜め込む。そして気が強い。蜜がないとトウヨウミツバチのところから取ってきたりもします。そういう性質があるので、セイヨウミツバチのほうが蜜を集める能力が圧倒的に高いんです。ただセイヨウミツバチは日本の環境では野生できないので、家畜として世話をしないといけません。
*2……トウヨウミツバチは在来種、セイヨウミツバチは外来種
――和田さんが養蜂されているのは、セイヨウミツバチと二ホンミツバチのどちらなんですか?
和田:セイヨウミツバチです。ニホンミツバチを個人でやってる人は多いと思います。日本中どこでもされてるんじゃないでしょうか。でもセイヨウミツバチを個人で職業としてされている人はほとんどいないと思います。
――それはどうしてですか?
和田:やっぱり労働がきついんです。あとギャンブル性が強いんですよね。1つの花が咲くのが1週間から2週間で、その間に雨が降り続けるとその花はダメなんです。そして管理がものすごく難しい。オオスズメバチの攻撃やミツバチヘギイタダニの恐怖、また病気になったり、スムシというのが巣をボロボロにしたりね。本当にいろいろなことが起こる。忙しいときは、朝1時に起きて商品作りをして、昼間は蜂の世話をして、夜は構想を練ったり。健康でたくましい蜂を育てるには、巣箱の中の蜂の状態を綴った記録も欠かせません。
――和田さんはBeekeeperと名乗ってらっしゃるんですね。
和田:普通は養蜂家って言うんですけど、僕はBeekeeperと名乗ってます。BeeをKeepする。蜂を養うのではなく、蜂の命をつなぐんです。一度途絶えると戻すのが本当にむずかしいですから。養蜂は英語でBeekeepingって言うんですよ。言葉からくるイメージがちょっと違うでしょ? あとBeekeeperのほうがロマンチックだし(笑)。
ミツバチの社会構造
――和田さんはミツバチの社会についても、すごく興味深いとおっしゃっていますよね。
和田:そうですね。まず生態が興味深いんです。女王蜂と働き蜂は卵は同じなんですが、巣箱の産み付けられる場所で役割が決まります。通常の六角形の部分に産み付けられ、ハチミツと花粉で育つと働き蜂になり、王台という特別な場所に産み付けられると、ローヤルゼリーをたっぷり与えられて女王蜂に育ちます。
あとオスとメスですが、これも通常の六角形の中にもわずかなサイズの違いがあって、小さい方では卵と精子を入れて受精させます。これがメスになります。大きい方には卵だけを入れ、それがオスになります。そういう性の決定システムになっているんです。だからミツバチのオスは遺伝子が半分しかないんです。
そしてミツバチは社会的な昆虫だと言われていて、人間社会ととても似ているんです。組織を持ち一人ひとりの役割が決まっています。その役割も成長するにつれ変わっていきます。はじめは巣の中を掃除をしたり、巣を作ったり、育児をしたりしますが、後半生は巣から出て蜜や花粉を集めます。また働き蜂も女王蜂もメスで、本来メスにあるはずの育児と子どもを産む欲求が、それぞれ働き蜂と女王蜂に特化しました。その方が生存に有利だと判断したんですね。
――女王蜂は国を治める首領みたいな感じですか?
和田:いえ、昔は女王蜂が群れを統率していると思われていたんですが、今では働き蜂が女王蜂をコントロールしているということがわかってきたんです。だからものすごく民主主義なんです。働き蜂の総意で女王蜂をコントロールしています。例えば、女王蜂の産卵力が弱まったとき、働き蜂たちは新しい女王蜂を産む部屋を作るんです。そうすると産卵力の弱まった女王蜂はそれに従って、そこに新しい女王蜂になる卵を産みます。みんなの総意に従う。そこに個の意識がまったく無いんです。そういうミツバチの社会構造を知るだけでもとてもおもしろいですよね。
今回のプロジェクトについて
――和田さんの今回のプロジェクトは「未来のBeekeeper(養蜂家)プロジェクト」です。どんなプロジェクトでしょう?
和田:今、この地域のBeekeeperは数も少ない上に、高齢化が進んでいます。なので、若い人にBeekeepingに取り組んでほしいと考えています。蜂の虜になるような人に取り組んでほしい。Beekeeperをやると、人間の社会的なことも、この地域の自然の豊かさや魅力も、素直な気持ちで理解できるようになるんですね。興味の幅も広くなります。
ただ、技術は私が教えられますが、まだ経済的基盤を保証できない。今年は1tほど採れたんですが、それをすべて販売できるほどのルートがまだ確立できていないんです。僕一人の努力では結構難しい。いろいろな人の知恵が集まったら、それを変えていけるんじゃないかと考えています。
そのために、まずは商品開発。ハチミツだけでなく、副産物として採れる蜜蝋などもあります。そういうミツバチが生み出す資源を利用した商品開発を行いたい。そしてそれを販売するための販路拡大。そうやって経済的基盤を作るための組織を作りたいと考えています。
蜜蝋からはキャンドル、ワックス、蜜蝋ラップなどが簡単に作れます。これは今、知り合いの若い方が新しいアイデアを持って取り組んでくださってます。あと食に関しても、パンやお菓子、ドレッシングなどはもうすでにいろいろと販売が始まっています。大阪府から料理人とのコラボを打診されたり、お話はいただいてる状況です。
あと「ミード」ですね。石器時代からある世界最古のハチミツのお酒です。それは「能勢ブリュワリー創設プロジェクト」の向井さんと進めていこうと話しているところです。
――いろんな人が関わっていいんですね。
和田:いや、関わってほしいんです!(笑)ただ、同じような職種の人たちが集まって、商品開発や情報発信について考えるような組織体にはしたくないんです。まったく別の職種の人が集まって、全然違う角度からそれぞれ意見を言い合うような、そういったクリエイティブな組織にしていきたいと思っています。
知的好奇心ってアミューズメントですよね。これまでの価値観を揺さぶられて、新しい価値体験を手に入れるということはアートでもあるし、科学でもある。「未知なるものを知る」というのは、僕からいうとアミューズメントじゃないかなと思うんです。
今回のアートプロジェクトの方に参加されてる井上亜美さんが紫外線でミツバチの写真を撮りたいというので協力したんですけど、そういう感じで参加している人たちが「創造や発見に喜びを感じる」ことに重点を置ける、これまでの人生を改めて見つめられるようなそんなプロジェクトにしたいんですよね。商売っ気のあるちょっと愉快な「研究所」というのを実現したいですね。
――なるほど。これからがとても楽しみなプロジェクトですね。また地域プロジェクトチームでいろいろお手伝いをしていきたいと思います。ありがとうございました!
和田:はい、ぜひよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
和田隆(わだ・たかし)
大阪府豊能郡能勢町のBeekeeper。みつばちの発する音、匂い、動き、表情、などは季節や天候、時間帯でまったく違う。また植物とともに進化してきた歴史もある。みつばちの振舞いをつぶさに見つめてみつばちの知っている世界を知りたい、そして自分の思考に異質な価値を組み込みながら膨張したいと考え、日々活動を行なっている。
●未来のBeekeeper(養蜂家)プロジェクト
http://noseden-artline.com/2019/localproject/noseden-187/
●能勢かほる —蜜蝋を使った商品づくりワークショップ
http://noseden-artline.com/2019/event/noseden-298/
インタビュー日・2019/9/25
インタビュアー・前田展広、田中郁后
文・田中郁后