COLUMN
インタビュー2019/11/16
ディエゴ・テオ インタビュー
能勢で出会った精霊のようなもの
熊のトヨと打ち捨てられた家
―のせでんアートラインに参加を決めて、まずどんなことを考えましたか。
ディエゴ:今回のアートラインのテーマが「避難訓練」だと聞いて、メキシコの状況とも一致するものを感じました。先住民のコミュニティが暮らしてきた土地を追い出されたり、あるいは、移民の問題もあります。私はメキシコで、「コーペラティバ・クラテル・インベルティド」というアーティスト集団の活動を通じて社会的な実践にも関わってきましたので、通じるところがあるなと。
―制作を始める前に一度リサーチに来られたそうですね。
ディエゴ:会期の3か月前に能勢を訪ねて、アートプロジェクトのチームに私の興味があることを伝えながら、いろんな提案も聞きました。そのなかで、トヨという熊に出会ったんです。
―「とよ」は、2014年にイノシシ罠で間違って捕獲され、その後、能勢妙見山にある高代寺の敷地内で飼われているツキノワグマです。
ディエゴ:閉じた檻に入れられて自由に振る舞うことのできないトヨの状況が、私には収容所に留められている移民たちの姿にも重なりました。そして、危険な野生動物をその場で駆除するのではなく、檻で飼育するというのはまるで動物園をつくるかのようですよね。殺さず、開放もせずというのは、論理的ではない気まぐれなやり方だと感じました。
―保護団体によって獣舎で手厚く飼われていますが、確かに自由はありません。
ディエゴ:そうした状況にとても驚きましたけど、それをそのまま直接的に表現したいと思ったわけではありません。最初に構想したのは、トヨが檻を抜け出して、山の中を逃げていくとして、その道筋となる森にトヨの爪痕があったり、もしも逃げる途中でトヨが人間と出会ったらどんなことを伝えるのだろう、それを表現するような歌をつくってみたいと考えました。それは、メタファー的な表現ですし、他者と出会うことの恐怖感みたいなものにもつながる表現になりますよね。
―リサーチで気になったものは、熊のトヨのほかにも何かありましたか。
ディエゴ:いくつもの空き家のあることが気になりました。人がどこかへ避難した痕跡のようにも感じられたので、避難訓練というテーマとリンクしました。それで今回、私の作品展示スペースとして使っている上杉池の横の小屋が見つかりました。5年以上放置されて、隣にある神社も荒廃していたので、地域の人も怖がるような廃屋でした。
―家の中には暮らしていた住人の痕跡も残っていて、確かにちょっと怖い印象も受けます。
ディエゴ:そうですね、大家さんも開けられずに放置されていました。
―ディエゴさんは怖くなかった?
ディエゴ:怖かったですよ。最初の頃は、そこで作業をしていて日が落ちてきたらダーッと走って帰りました(笑)。とにかくアプローチする手段としては掃除すること。まずは神社までの階段を掃除して、それから家の内部を掃除しました。机に置かれていたポットを持ち上げると入っていた水が漏れ出してきて、5年間放置されてた水だと思うとそれも気持ち悪くて。
―それも怖い出来事ですね。
ディエゴ:長く放置されてきた家に灯りがついているのを見て、こわごわ覗きこむ近所の方もいたので、その視線も怖いものに感じられました。ただ結果的に、私がその小屋を使うことで、閉じたままだった家にまた命が灯り、近所の方たちの見る目も変えることができたと思います。それは今回の作品で達成できたことのひとつですね。
デリケートな問題を扱うことで
―熊のトヨ、上杉池横の小屋はディエゴさんの中でどうつながったのでしょう。
ディエゴ:想像の中でトヨが逃げていく目的地をその小屋にするプランを考えてもいましたが、その小屋自体への興味がふくらんできました。かつてその家に暮らしていた住人は不慮の事故で亡くなっており、その方の写真が残されていたり、生前、陶芸教室を開かれていたので、陶芸の窯や壺のような陶芸作品も残されていました。あるいは、部屋の壁にはマリリン・モンローの写真が貼られていたりも。
―亡くなった住人のさまざまな痕跡。
ディエゴ:なので、その閉じた家に死者が暮らしているような印象も受けました。空き家だからといって、好き勝手に使うこともできない場所だと感じられましたので、私の作品を壁紙のようにして部屋を包み、前の住人のプライベートを守るように考えました。椅子やソファだけは見えるままにしましたが、それは、その住人の身体がすでに失われていることを示してもいます。
―最終的に今回の展示は、上杉池横の小屋とその周辺、高代寺とその周辺、そして、のせでんの駅周辺にポスターとして掲示されることになりました。
ディエゴ:のせでんアートラインを観にくる人にとってはポスターが導入となり、小屋から山へと入っていき、トヨにたどり着きます。その過程に、檻から逃げ出したトヨが残したいろんな痕跡を見ることができる、という作品の構想でしたが、いろんな問題もあって、完全には実現できませんでした。
―センシティブな作品でもあるので、すべて思う場所には展示できなかった。
ディエゴ:そうですね。街の問題や死者にも触れていますので。しかも、地元や動物保護協会の方、お寺の方とも関係づくりをする時間が限られていたので、できないこともありました。ただ、当初から強いテーマを持ちこんで、私にとっての異文化である日本を知りたいという考えを持っていました。保護された熊、死者、廃屋、そうしたデリケートな問題を扱ったときにどんな反応が出るのか、それを見てみたいとも思っていました。
―ある程度の強いリアクションも想像はしていたと。
ディエゴ:といっても、展示ができなくなるような反応を受けるとやっぱり混乱します。私はどうしてこのテーマを今回あえて選んだのか。自分でも振り返りながらあらためて考えています。
―地域で行うアートプロジェクトならではの難しさでもありますね。
ディエゴ:こうした経験は、人をつなぐ可能性にもつながります。アートプロジェクトは、地元のコミュニティ、関係者、来場者…それぞれをつなぐことができる。ただ、センシティブな反応というのは、他人に対する恐怖心でもあるので、そこは理解を深めていきたいと思います。
壁のグラフティから1冊の本まで
―具体的な作品の話になりますが、高代寺にいたる道の擁壁にたくさんのドローイングを描かれましたね。まるでグラフティのようです。
ディエゴ:長さ20mほどある3つの壁に描かせてもらいました。そう、グラフティのようですね。メキシコでも少し経験がありますが、これだけ大規模に描いたのは初めてです。
―トヨの爪痕を思わせる線の他にも、いろんなモチーフが描かれました。
ディエゴ:事前にイメージを準備せずに、なるべく早く描くようにしました。繰り返し同じ形を描くのは、私がこれまでにもやってきた方法です。上杉池の小屋に暮らしていた住人の作品である壺の形や、先スペイン時代の造形など、頭に浮かんだものをどんどんスプレーで描きました。
―そうしたドローイングは、1冊の本「夜だけど、ほら生き物たちが呼ばれている」としても編集されました(上杉池横の小屋で展示、販売)。軽々とメディアを横断していくディエゴさんの経験も感じられました。
ディエゴ:本は哀しみを持った内容になっています。トヨの悲しみも、小屋の住人の悲しみも。
―空き家とその周辺で制作されたものやその本の中でも、「山姥」とそのことを歌った詩が印象的です。この山姥というのはどうして発想されたのでしょう。
ディエゴ:それは金太郎です。川西市の職員さんとかが金太郎のバッチをしていたので、気になってそのことを聞いたり調べたことがきっかけになりました。
―昔ばなしの「金太郎」のモデルとなった坂田金時と川西市は縁があり、“きんたくん”というゆるキャラの発信もしてるんですね。知りませんでした。
ディエゴ:自分で金太郎のことを検索する中で、ヤマンバやヤマウバ(山乳母)、姥捨ての物語についても知りました。金太郎は熊と友達で相撲をとったり、姥捨てされたヤマンバが金太郎を育てたりと、私がこちらに来て見聞きしていたことに通じる要素がたくさんありました。それでヤマンバを描くことにしたのです。
―本にも掲載した詩は、展示作品でも断片的に使われていますが、ここで全文を紹介しておきます。
山姥よ/姿をあらわせ/あんたがいなくちゃ/我が母よ/何処なんだい こっちへおいでよ/帰ってきて/死者の門戸を超えてきて/我が母よ、あんたに会いたい/もう闇しかみえない
ディエゴ:熊も、ヤマンバも、最終的には作品に使いませんでしたが天狗も、山の精神を体現する象徴的な存在で、と同時に恐怖を与えたり、いたずらをするような存在だと捉えています。トヨは、そうしたスピリチュアルな者たちとも話ができて、人間と橋渡しをするような存在として、私は思い描きました。
―熊のトヨから始まって小屋のこと、その持ち主だった住人のこと、ヤマンバのこと…すべてディエゴさんの中でつながっているんですね。
ディエゴ:そうですね。詩や本をつくりましたが、それは決して怒りの表現ではありません。哀しみであり人に対する恋しさ、母への思いですね。
―ちなみに本に描かれたモチーフとして、飛び出し坊やの看板や韓国の仮面などもありました。
ディエゴ:飛び出し坊やの看板は、坊やがみんな驚いたような表情で、それが避難している最中の人にも見えてたくさん描きました。韓国の仮面もリサーチの過程で出会ったので、それも描きました。当初から移民についての関心もありましたけど、今回は結局、そのテーマについては作品の底の方へ沈んでいきましたね。
インタビュー日・2019/11/3
インタビュアー、文・竹内厚
通訳:鋤柄史子
写真・仲川あい