のせでんアートライン2019 避難訓練

COLUMN

#3

インタビュー2019/10/12

拉黒子・達立夫(ラヘズ・タリフ)インタビュー
阿美族に伝わる伝説と能勢妙見山

拉黒子・達立夫(ラヘズ・タリフ)インタビュー

父から受け継いだ日本との縁

―ラヘズさんは昨年、さっぽろ天神山アートスタジオでの滞在制作をされていましたが、日本にはどれくらい来られていますか。

ラヘズ:初めて日本に来たのは20代でした。実は、私が物心ついた頃から、父からよく日本のことを聞かされていたんです。

―どんなお話だったのでしょう。

ラヘズ:父は日本式の教育に好意を持っていて、人との接し方、礼儀作法についても日本に学び、非常に厳しかった。正直に、誠実に物事に当たるということを心がけていました。私が生まれ育ったのは、台東と花蓮の間くらいにある集落で、15歳でそこを出ましたが、30代になってからまた集落に戻ると、やっぱり父は日本のことについて話して聞かせてくれました。

―お父さんのなかでは、日本がよい印象として残っていたんですね。

ラヘズ:そうだと思います。ただ、私が集落に戻る何年か前に、父が教えを受けた日本人の先生が、父に会うためにわざわざ台湾までやって来たのですが、父の姿を見てがっかりしていたそうです。というのも、青年時代の父は非常に優秀だったけど、今は畑を耕す一農家だったから。父は、いつか日本を訪れる日を夢見ていましたが、経済的な理由もあって果たせませんでした。だから、息子である私に日本へ行くこと、日本語を身につけること、このふたつを願っていました。

―ラヘズさんが日本を訪ねることはお父さんの願いでもあったのですね。

ラヘズ:はい、それは達成できましたけど、日本語の方はまだ。将来、機会があれば、父を教えたその先生の暮らした地を訪ねて、お墓参りができればと思っています。九州出身ということ以外、何もわからないのですが。

―今回は大阪・能勢での滞在制作~展示となりますね。

ラヘズ:私が20代で初めて日本に来たときも大阪でしたし、大阪にある国立民族学博物館には、阿美(アミ)族である私の先祖が実際に使っていた神器が収蔵、展示されているんです。私たちの祖霊と、神である太陽、山(猫公山)を祀る際に使っていた神器です。

―万博公園にある通称、みんぱくですね。ちなみに、初めての日本で大阪を選ばれたのはどうして?

ラヘズ:周りで日本に行った人の話を聞いてると、大阪がいちばんだってみんな言うので、そうなのかなって(笑)。

拉黒子・達立夫(ラヘズ・タリフ)インタビュー

星や月を道しるべに

ラヘズ:リサーチのために能勢妙見山へ来てみると、星、北極星を信仰していることを知りました。仏像や神像を拝むのではなく、星を拝むという、その様子を見て、阿美族に伝わるひとつの伝説を思い出しました。

―どんな伝説でしょう。

ラヘズ:こんなお話です。むかしむかし、兄と妹がふたりで船に乗って、魚を取りに出かけました。ところが、突然、嵐が襲ってきて、とてもとても遠いところまで流されてしまった。そこで兄は、かつて両親から聞いた話を思い出しました。「もしも嵐に遭って場所がわからなくなったら、月の方角へ船を走らせなさい」と。そこで、兄は月に向かって船を走らせました。そして、月が山かげに隠れたその場所で、陸地にたどり着くことができた。ふたりは船の上で粟を木でついて脱穀していたから、船の底には落ちた粟がたくさん詰まっていて、それを陸地に蒔いて、育てることにしました。
この兄妹のたどり着いた地が、私の集落にある「月洞」という場所だと言われています。月洞には泉が湧き出ていて、集落の儀式や祈りが行われる場所になっています。そして、ふたりのもたらした粟が、今も私たちの口にする農作物につながっていると言われています。

―天体が大きな役割を果たしていますね。

ラヘズ:そうです。そこで、今回は「面向北方的方向,是回家的地方」というタイトルで作品を制作することにしました。

―「北方へ向かえば、そこは私の帰る場所」という意味で、能勢妙見山の北極星信仰にもかかっている。

ラヘズ:能勢妙見山を最初に訪ねたのは今年の3月で、そのとき、境内で台風によって倒された木を見つけました。その倒木を組み合わせて、1本の大木のようで、船にも見えるような大きな作品をつくります。私が生まれ育った台湾の東海岸は非常に台風の多い場所ですけど、最近は日本での被害も大きいようですね。昨年、北海道を訪ねたときにもたくさんの倒木を目にして、倒木を使った作品を制作しました。台風は台湾に向かってくるものだと思っていましたよ。

拉黒子・達立夫(ラヘズ・タリフ)インタビュー

木とのつながり

―素材が倒木であるということは、作品の造形になにか影響がありますか。

ラヘズ:いえ、これまでも倒木や廃棄された木材を使って作品をつくってきましたけど、木の種類から作品への影響はあまりありません。私の生まれ育った環境では森がとても身近で、住んでいた家もかつてはすべて木造でした。なので、木にはかなり深い感情のつながりをもっています。

―ラヘズさんが木を素材に制作されるのは自然なことなんですね。

ラヘズ:台風などの影響で、海に漂着する流木も作品に使っていました。海辺に漂着したサンダルを集めて作品をつくったこともあります。5つの国で拾った何万足というサンダルを集めて制作してきたのですが、不思議なことに日本の海辺ではまだ一度もサンダルを見つけたことがない。どうしてでしょうね。

―流木は見かけますけども。

ラヘズ:今回は、木を使った3mくらいの大きな作品になりそうです。私が国外で制作するものとしては最大規模の作品になります。倒木を組み合わせて作品にすることで、1つの木のように新たな命を吹きこみたいと考えています。

―能勢妙見山に約1か月滞在して制作予定ですね。作品のドローイングはすでに仕上がっています。

ラヘズ:制作の過程で変わっていくことはありますけど、作品に取りかかる前には必ずドローイングを描いてから制作を進めます。今回の作品では、つくった船の舳先が北を向くように設置することは決めています。

―完成、楽しみにしています。

ラヘズ:初めて私がこの場所に立ったとき、ここで作品を制作することを夢に見たことがあるような気がして、きっと、そう決められていたことなんだなと感じました。とても意味のある制作になると思います。

拉黒子・達立夫(ラヘズ・タリフ)インタビュー

インタビュー日・2019/10/03
インタビュアー、文・竹内厚
通訳・大洞敦史
写真・仲川あい

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